2022年 05月 10日
Mark Neville 「 Stop Tanks With Books 」
イギリスの写真家 Mark NevilleのStop Tanks With Booksは、ロシアのウクライナへの侵略を止めることを世界の人々へ呼びかけるために製作された。ウクライナ語、ロシア語、英語の3ヶ国語で書かれた背表紙のCall to action(行動への呼びかけ)の文字。Mark Nevilleは750部を各界隈のウクライナを救う力がある人たちへ無料で送った。行動してもらうために。
この本はアメリカの写真集専門の出版社であるNazraeliから出版されているのだが、製作開始から出版までの期間がとても短く、そして速い。この本を手にとって感動したのは、実際にこの本の製作に携わった人たちが真摯に現状を受け止め、Mark Nevilleの思いに賛同し動いたということが本の重みと共に感じられたからだ。それは出版社だけでなく、トルコの印刷所の人たちも含めた印刷の工程から発送に至る過程に携わった全ての人の力によって実現した。
トルコのインスタブールで印刷された本は、即座にヨーロッパ各地とニューヨークの拠点に輸送され、有力者の元への配布が開始された。実にウクライナ侵攻の4日前という瀬戸際だった。侵攻前に150部、その10日後には500部以上の写真集が世界にウクライナを救うアクションを呼びかけるために飛び立った。Nazraeliでの出版が決まって10週間後のことだ。
本当であれば2019年に出版される予定だったのだが、当初の版元はそのルーズさが日本にもバレだしてきたSteidlさんだったので、結果2年放置されてしまうという事態になってしまった。助けを求めるウクライナにヘルメット送るようなお国柄ということもあるのだろうか。国境に軍が集まり緊張が高まるなか、呼応してくれたのがNazraeliのクリスだった。
ウクライナがソ連から独立して30周年の翌年2月24日のロシアによるウクライナへの侵攻は突発的なものではなかった。
2014年のキーフで起きた親ロシア派大統領に対する大規模なデモ「ユーロマイダン」、ロシアによるクリミア併合、そしてミンスク合意。すでにこの時点からウクライナ東部では親ロシア派の武装勢力との戦闘が始まっていた。
Mark Nevilleとウクライナの付き合いは2015年から始まった。きっかけはBattle Against Stigmaという写真集を出版したことからだった。それはMark Nevilleが2011年にアフガニスタンで軍に写真家として帯同した時の自身も受けた深刻なPTSDをテーマにした作品だった。その写真集をPTSDに悩む退役軍人やそれらに関連する施設に無料で配布しされ、PTSDの治療に活用されたりした。その写真集に興味を示したのがキーフの軍人病院で、PTSDで病むキーフの軍人のためにウクライナ語版を製作してくれないかと要請があった。
キーフを訪れたMarkは東部の戦線から600km以上離れた地においても戦争におけるトラウマがキーフの人たちに刻まれていることに気づく。それ以降何十回とウクライナに撮影に訪れることとなった。2020年にはキーフに移住している。
写真集には、 まさしく戦闘の地となっているオデッサやドネツクでの人々の姿や、また東部戦線で前線に立つ人たちの姿も捉えられている。ストロボライトに照らしだされた色彩とコントラストが哀しいくらいに美しい。いまこうしているあいだにも写っている人たちが脅威にさらされている現状を想像しながらページをめくると、遠い東ヨーロッパで行われてる戦闘が全く他人事には感じられない。
写真集が戦車を止められるか?荒唐無稽のような発想に思えるかもしれない。しかし、確実にそのメッセージは届いている。Mark Nevilleのwebにはベルギーで写真集を携えてデモをする人々や、カナダのトルドー大統領が写真集を手にしている写真が掲載されている。1冊の写真集は小さな揺らぎでしかないのかもしれない。しかし、その揺らぎが大きな動きへと発展するというバタフライエフェクトに繋がる可能性はあるのではないだろうか。
1500部が印刷され、一般への販売用は750部。すでに版元のNazraeliのページではsold outになっている。この写真集を極東の日本で手にすることが果たして戦車を止めることに繋がるかどうかは、わからない。しかし、いま自分達ができることの選択肢の一つであることは確かだ。
If Russia stops fighting there’ll be no war.
If Ukraine stops fighting there’ll be no Ukraine.
(ロシアが戦いを止めれば戦争は終わる、ウクライナが戦いを止めればウクライナがなくなる)
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