Thomas Ruff 「JPEGS」

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published by Aperture, 2009,

 このインターネットからの画像を使用した作品、Jpegは正直なところいま行われている近代美術館での展示を観るまでは、特別興味がないというかむしろあまり好きではない作品であったと思う。巨大な展示プリントでJpegを観るという行為を通過したあとで、再度、この作品集を見直してみた。
 A3ほどの大きさの版型(A3変型という?)の写真集でずっしりと重たく存在感がある本だが、大きい本の特性としてあまり開かれることがないという感じそのまま、本棚で眠っていた。さらに、USアマゾンでポチったわけだが重たい本の運命か、傷みがあってそれをあまり直視したくないということもあり、到着してからおそらく1度か2度ほどしか触っていない。自分の写真集が傷んでいるという現実ほど辛くて悲しいことはない。
 この作品は作家がネットから入手した画像を小さくリサイズした上で高圧縮するという作業から生まれている。圧縮時に発生するブロックノイズで世界が構成されている。この8×8のピクセルから生まれる世界の構造を露わにする、そういう意図からこの作品が造られたそう。いまこの本の写真をアップしながら思ったのだが、やはりこの作品ってサイズが命だと思う。展示でのその「世界がブロックで構成されている」感はもう圧倒的で、規則的な配置のブロックで描かれる絵図は、銀塩写真の粒子の世界と完全に決別した新しい世界のように見える。
 一方、この写真集としてこのJpegを見ると、サイズ感の足りなさを強く感じる。十分に本に収録されるサイズとしては大きいのだけど、脳の補完が先に働いてしまって粗い画像だという認識以上の視覚的な喜びまで達しない。プリントと同じ喜びを求める方が間違っているとしても、あの近美の展示の良さの後では物足りなさが上回ってしまう。展示があったからこそ、開いた写真集なんだけど。
 面白いのは写真集の写真を撮っているときに、目の前の粗い画像がカメラのモニターを通すとなにが写っているのかはっきりわかる画像になっていたこと。写真集と人の目線では感じられない距離感を、カメラのモニターを通すことによって見えてくる新しい感覚があってよかった。
 
 



by atsushisaito | 2016-09-05 12:24 | 写真集 | Comments(0)
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